響け!中山の急坂(フォルテシモ)

―性格の悪い私(10番)が特別になりたい彼女(11番)を差し切るまで―
~フラワーカップの激闘~(響け!ユーフォ編)

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【出走表:配役リスト】

第2章: 「響け!心臓破りの狂騒曲(ラプソディ)」
第2章 挿絵:ゴール前の激闘
第四コーナーの深いカーブ。 蹄が抉り取った芝の青臭い匂いと、舞い上がる土塊が視界を遮る。 「私の特等席よ。誰の息遣いも、私の耳には届かないわ」 ロンギングセリーヌが、先頭の景色を独り占めにして直線を向く。 (息が苦しい……。でも、ここで譲ったらただの馬に戻ってしまう) 二番手のナックホワイトたちが内側から迫るが、一瞥もくれない。 「よーし!このまま押し切っちゃうからね!」 外側からアメティスタが、荒い息を吐きながら懸命に脚を伸ばす。 「ちょっと、耳障りよ。後ろで大人しく沈んでいなさい」 セリーヌが、横目で冷ややかに威嚇した。 「沈まないもん!苦しいけど、ここで踏ん張るのが私なんだ!」 「その泥臭い根性だけで、私の芸術的な走りに勝てると思ってるの?」 「芸術とかわかんないけど、絶対に最後まで諦めないからね!」 アメティスタは痛む脚を無理やり動かし、前傾姿勢で食らいつく。 (脚がパンパン……。負けたくない。でも、止まったらみんなに申し訳ないし……) 残り四〇〇メートル。 馬群が密集し、内側はもはや足の踏み場もない泥沼と化していた。 「……うわぁ、みんな必死。でも、これくらいやらなきゃ終われないよね」 スマートプリエールは、揉みくちゃになる内側を冷ややかに見つめる。 (馬場の悪い内側で争うなんて、本当にご苦労なことだよね) 進路を大外へ向け、誰の邪魔も入らないクリアな空間へと持ち出した。 「ちょっと!外からコソコソと、嫌らしい走り方ね!」 先頭で粘るセリーヌが、外に持ち出したプリエールの気配に毒づく。 「うわっ……。もう、相変わらず怖いなぁ。好きで隣にいるわけじゃないし」 「嘘よ。私のソロパートを邪魔して、楽しんでいるんでしょ」 「そんなことないってば!……あーあ、もう。これだから面倒くさい」 「何よ、その言い方!最後まで残れると思っているの!」 「……本気で勝ちたいから、一番いい場所を選んだだけだよ!」 プリエールが一気に加速しようとした、その刹那。 地鳴りのような重低音が、遥か後方から中山の空気を切り裂いた。 「おやおや、みんな楽しそうだねぇ!私も混ぜてよ!」 大外のさらに外、一二番手という絶望的な位置から、 イクシードが、物理法則を無視したような異次元のストライドで飛んできた。 (あはは!前が壁だねぇ。計算ミスかな?それとも嫌がらせ?) 壁など無い大外から、ごぼう抜きを開始する。 「……ッ!その余裕、鼻につくわ!」 セリーヌが奥歯を噛み締め、残り二〇〇メートルの急坂でさらに加速する。 (クビ差……?ふざけないで。そんな中途半端な結果、死んでもいらない) 「あはは、ごめんごめん!でも、これが現実なんだよね。……じゃあ、お先に!」 イクシードが笑いながら並びかけるが、わずかに坂の重みに脚が鈍る。 「ふんっ!その計算された涼しい顔、ここで歪ませてあげるわ!」 「最後は、一番綺麗な音を鳴らした馬が勝つ。……でしょ?」 イクシードは一切の焦りを見せず、完璧なフォームを維持し続ける。 その猛烈な追い上げの影で、もう一頭がひっそりと音を奏でていた。 「いいリズムです……。このまま、最高の旋律を奏でましょう」 カラペルソナが、イクシードの作った風の道をなぞるように伸びてくる。 (もっと低く、重い響きが必要でした。反省です) 「ちょっと、私のおこぼれで上がってくる気かい?」 イクシードが横目で牽制する。 「いえ、これは私自身のソウルです。中山の風は少し指使いを狂わせますね」 「生意気言うねぇ。配布された期待、それ以上に届くかな?」 「5着……。でも、今日響いた音は、次への力になります!」 カラペルソナは確かな手応えと共に、外側から馬群を飲み込んでいく。 残り五十メートル。 阿鼻叫喚の急坂を登り切り、全馬の肺が悲鳴を上げている。 「そして、次の直線の坂が、始まるのです」 プリエールが、全てを達観したような冷たい瞳で、鋭く馬体を沈めた。 (もう……なんで私がこんな泥を被らなきゃいけないの。最悪……) 「させない……!私こそが、特別なんだからぁッ!」 セリーヌが執念の粘りを見せるが、脚色は完全に限界を迎えていた。 「特別とかどうでもいいよ。なんだかんだで、最後は真ん中にいたいし」 プリエールが、先頭の景色を冷酷に奪い取る。 「うわー!また抜かれたぁ!私、あんなに頑張ったのに!」 アメティスタが悲鳴を上げる中、外からイクシードが猛然と迫る。 セリーヌ、イクシード、アメティスタ、カラペルソナ。 四頭が横一線になり、叩き合うようにゴール板へとなだれ込む。 一分四十八秒三。 乾いたゴール板の音が鳴り響き、残酷な着順が電光掲示板に灯る。 「(中山の坂って、誰が設計したの?性格悪すぎじゃない?)」 見事一着を勝ち取ったスマートプリエールは、荒い息を吐きながらも、 勝者のスポットライトを浴びて、やれやれと首を振った。 「あいつ……私のソロパートを邪魔した……。絶対に許さない」 二分の一馬身差の二着に敗れたロンギングセリーヌは、 悔し涙を堪えるように、鋭い視線で勝者を睨みつける。 「ハナ差かぁ。一番人気なんて、期待の押し売り。疲れるから嫌なんだよね」 三着のイクシードは、涼しい顔の裏で、ほんの少しだけ耳を伏せた。 春の生ぬるい風が、汗だくの乙女たちの熱気をゆっくりと冷ましていく。 かくして、泥と意地がぶつかり合った中山の狂騒曲は、 一人の「性格の悪い」実力派によって、静かに幕を下ろしたのだった。
【第二章完結】